船の通信はどう進化してきたのか?

船と通信の歴史は、人命を守る技術の歴史でもあります。
100年前、船乗りたちはモールス信号を打ち、SOSを海に飛ばしていました。タイタニック号の遭難信号はその象徴的な出来事です。第二次世界大戦では暗号化された無線通信が戦況を左右し、戦後はVHF無線電話や衛星通信が船と世界をつなぎました。

そして今や、Starlinkのような新しい衛星インターネットが登場し、太平洋のど真ん中でもYouTubeやビデオ通話が当たり前にできる時代になりました。
「昔の船はどんなふうに通信していたのか?」「どうして今は船上から映画を観られるのか?」――そんな疑問に答えるために、この記事では戦時中から現代までの船舶通信の進化を振り返ってみます。

20世紀初頭:モールス信号と無線通信の幕開け

20世紀初頭、無線電信によるモールス信号通信は海上通信に革命をもたらしました。タイタニック号の遭難事故を契機に、船舶への無線設備搭載が国際条約で義務付けられます。通信士がモールス信号で打つ遭難信号は、船乗りの命を守る最後の砦でした。やがて音声のラジオ電話も登場しましたが、長距離通信ではモールス信号が主力であり続けました。

第二次世界大戦:短波通信と暗号化

戦時中は短波(HF)通信が広く使われ、艦隊間の連絡や遠距離通信に活用されました。同時に暗号化技術が発展し、ドイツ軍のエニグマ暗号を巡る攻防は戦局を左右するほどでした。暗号通信や短波放送の「ナンバー局」など、敵に傍受されない工夫も行われました。

戦後の発展:VHF無線と衛星通信

戦後はVHF無線電話が普及し、港湾や船舶同士の近距離連絡に使われました。1979年にはインマルサットが設立され、衛星通信による地球規模の通信が実現します。

1980年代には「インマルサットA」が登場しました。大きなアンテナと高い通信料を必要としましたが、洋上から安定した音声通話やFAX送信が可能になり、従来の無線電話に比べ画期的でした。続いて「インマルサットB」では通信速度が向上し、さらに1990年代に登場した「インマルサットC」は小型端末で低速ながらもテキストメッセージや遭難通報ができるため、多くの船舶に普及しました。

2000年代には「インマルサット FleetBroadband(FBB)」が導入され、船舶でもISDN相当の音声通話や数百kbps規模のデータ通信が可能となりました。従来より小型のアンテナで済むこともあり、遠洋船の標準的な通信手段となっていきます。

そして1999年にはGMDSS(全球海上遭難安全システム)が全面導入され、遭難通信は自動化され、モールス信号は正式に役目を終えました。

VSAT時代:ブロードバンド常時接続とインマルサットFX

2000年代以降はVSAT(超小型地球局)による常時接続型の衛星インターネットが普及しました。これにより、船舶でもEメールや業務システム、ウェブアクセスが可能となります。ただし、静止衛星を用いるため往復約72,000kmの距離があり、0.5秒以上の遅延が避けられませんでした。

この時期、インマルサットは「Global Xpress (GX) / Inmarsat FX」というKaバンドを利用した高速ブロードバンドサービスを開始しました。従来のLバンド(FBBなど)に比べ格段に高速で、VSATサービスと同様に数Mbps〜数十Mbps規模の接続が可能となり、商船やクルーズ船でも広く使われています。VSATとGX/FXは多くの船舶で標準装備となり、ビジネス・クルー福利厚生の両面で役割を果たしています。

新時代:LEO衛星とStarlinkの登場

2020年代に入り、低軌道(LEO)衛星を使った新しいブロードバンド通信が登場しました。その代表格がSpaceXの「Starlink Maritime」です。高度550km前後の衛星を数千基展開し、低遅延(数十ミリ秒)で高速通信を可能にしました。公海上からもYouTubeやビデオ通話、オンライン業務が遜色なく行えます。

さらに競合として、イギリスの「OneWeb」やAmazonが進める「Project Kuiper」も台頭しています。OneWebは2023年に初期の衛星ネットワークを完成させ、極域を含む全球カバーを狙っています。AmazonのProject Kuiperも2026年前後にサービス開始を予定しており、海上通信の競争はますます激化する見込みです。

Starlink、OneWeb、Kuiperといった新世代LEOサービスの特徴は、従来のVSATに比べて「低遅延・高スループット・比較的低価格」である点です。これにより、船員が洋上でストリーミングやゲームを楽しめるだけでなく、船主側にとってもIoTデータ送信やリモート監視が現実的になっています。

公海上で広がる可能性

現代の船員は、航海中でも家族とテレビ通話をしたり、YouTubeを見たりと、陸上とほぼ同じ環境で過ごすことができます。安全性や効率性に加え、乗組員の生活の質も大きく向上しました。通信技術は今後も進化し、より高速・低コストで安全なネットワークが船上にも広がっていくでしょう。


参考文献
Safety4Sea, The evolution of maritime communications
https://safety4sea.com/cm-the-evolution-of-maritime-communications/

Tecsun Radios Australia, Shortwave Radio and Cryptography: The Secret Side of the Airwaves
https://www.tecsunradios.com.au/store/2021/08/13/shortwave-radio-and-cryptography-the-secret-side-of-the-airwaves/

OceanWeb Ltd, The History of Superyacht Connectivity: The Tech Revolution
https://www.oceanweb.com/news/the-history-of-superyacht-connectivity-the-tech-revolution/

Crowley Maritime, Internet at Sea: Improving Mariners’ Experience with Starlink
https://www.crowley.com/insights/internet-at-sea-improving-mariners-experience-with-starlink/

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